JAPANESE ONLY(全文ー日本語にみ) 身体疾患における自殺の危険性
アルバート・アインシュタイン医科大学精神科
希死念慮のある患者を総合病院で治療することは、精神科医にとって、非常に難しいものである。慢性の身体疾患や疼痛は自殺の危険因子となることが知られている(2、8、11、17)。しかし、このような危険性の高い患者の研究はこれまで充分には行なわれて来なかった。従って、この群の特徴を検討する事で、評価方法、治療方針についてより実証的なより所を提示することが出来ると思われる。
今回の発表では、まず身体疾患と自殺との関係について概説し、それから総合病院入院患者における既遂自殺と自殺企図に関する研究を総説し、最後に希死念慮を持つ患者の特徴とその評価方法を検討した最近の研究について説明する。
マッケンジ−(14)は、自殺と身体疾患との関係についての先行研究を総説し、次のようにまとめている。既遂自殺者の20%から70%に身体疾患の関与が報告されている。自殺が企図された場合、身体疾患との関係がある場合は、ない場合よりも致死性が高く、既遂に至る例が多かった。身体疾患患者における自殺では老年期の男性が多いことから、体が不自由になることは男性にとって精神的に受容することが難しいのではないかと考えられる。疼痛による抑うつ、身体機能の変化、外見や人間関係の変化などが多く認められた。身体疾患は次のような形で自殺衝動に影響を与える。1)身体疾患自体によって、精神障害の発症あるいは増悪が引き起こされる(例えば、心筋梗塞後の欝病)、2)病気によって器質性精神障害が引き起こされる(例えば、せん妄による命令性幻聴)、3)治療に対する患者のあきらめが自殺につながる。これまでの結果によると第一の原因が一番多いことが示唆されている。
身体疾患を持つ患者の自殺の大半は精神障害を伴うものであり、それは主に欝病もしくはアルコール依存症である。末期患者の自殺では精神障害を伴うことが最も少ない。
自殺率の高い身体疾患は次の通りである。癌、頭部外傷、ハンチントン舞踏病、消化性潰瘍、そして脊髄損傷である。癌患者の場合には、転移を認める男性患者で特に診断を下された直後の時期の自殺の危険が一番高かった。消化器系の患者、抗癌剤による化学療法を受けている患者、もしくは、治療を受けていない患者の場合は、手術や放射線治療を受けている患者より危険率が高かった。抗癌剤による化学療法を受けている者が高い危険率を示すのは病気の重篤さと関係があると考えられている。ハンチントン舞踏病には感情障害が、消化性潰瘍とはアルコール依存症が、そして脊髄損傷にはその患者の性格が生来衝動的で自己破壊滅的である可能性があることと関係していると考えられている。興味深いことに癌患者においては、病気が重篤になるほど自殺の危険性は高くなったが、脊髄損傷患者においては部分的に重病の方が高い自殺率が認められた。それは部分損傷だけの方が全損傷よりその患者の適応に影響する可能性があるためと考えられた。頭部外傷と自殺との関係では、認知機能障害、性格の変化、アルコール乱用の影響が認められる。 いくつかのレトロスペクティブな研究で自殺既遂について調査されている。一つの研究では (19)、11人中10人が、飛び降り自殺や転落死しており、そしてその11人中7人はせん妄様の症状があった。それらの患者は、被害妄想で何かから逃げようとするため飛び降りたか、運動障害により誤って転落したのであろうと著者らは考えた。それらの患者に実際に希死念慮があったのか、器質性脳障害があったために事故にあったのかがはっきりしないので、それらの患者はいわゆる「自殺患者」と言うことには問題があると思われる。
別の研究の結果では(4)、苦痛と醜さを伴う重篤で慢性の末期的な疾患と自殺との関係が示されている。孤独、機能喪失、経済的・身体的な自由の喪失、また、確実に死ねる
という見込について患者が自分の生死をはかりにかけて、自殺を実行したと考えられ
ている。
他の研究の結果では(7、8)、人間関係の障害、家庭のストレス、病気に対する過度の情緒的ストレス反応、苦痛に対する耐性の低さ、そして治療を患者本人が決めようとする態度が自殺患者の特徴であるということが示された。これらの患者は病気に関して不安や抑うつ感が強く、病院のスタッフとの関係もうまくいかないので、スタッフから積極的な精神的サポートを得られにくかった。また、彼らは自殺を遂行する以前に希死念慮を口にしたことがあった。意識混濁や失見当識と自殺との相関はなかった。この研究では、56%の患者が飛び降り、ついで手首自傷、首吊りという自殺手段を認めた (18)。
別の既遂自殺についての研究では (10)、振戦せん妄の場合が多かった。また、自殺を図った女性患者についての研究では (17)、退院間近あるいは精神的サポートの喪失と自殺との関係が見られた。この研究が検討した自殺企図は皆衝動的で、怒りを伴っており、精神的サポートの喪失により引き起こされていた。これらの患者の大半が人格障害あるいは精神病であった。
透析治療もまた、自殺との関係が示されている (1)。
器質性精神障害患者は自殺患者というより誤って死亡に至った可能性が考えられるので、今まで述べて来た研究は少なくても二つの患者群に関して報告していると解釈出来る。殺人を犯した患者がそのあとに自殺をするという例(すなわち無理心中)は文献にはなかった。身体疾患を持つ患者において、いわゆる理性的な自殺は稀であった。
総合病院患者の自殺予防対策としては、階段、リネンシューター、高窓等からの保護、鋭利な物や毒物になりうる物の厳重な管理が勧められている。
身体疾患による入院患者の希死念慮についての研究はまだ少ない。ミカーロンがノバスコシアでの2年にわたった研究の結果によると (16)、692件の全コンサルテーションの中、希死念慮の評価についての依頼は24%で、その内、すぐにでも自殺したいと思っている患者は11.6%だった。希死念慮を持つ患者の50%以上は35歳未満で、42%はアルコール依存症を伴い、この中には麻薬常用者も多かった。この論文はフランス語で書かれており、英語の抄録でははっきりしないが、年齢の分布が若いことを考慮すると、自殺企図による身体的合併症のために入院した患者が含まれているようだ。
ヘールらは(12)総合病院に入院中の希死念慮を持つ患者についての分析を報告した。116人の自殺企図患者と希死念慮を持つ患者についてのコンサルテーションが研究の対象だった。これは全コンサルテーション中13%であり、自殺企図後の入院患者は66%、身体疾患の治療ための入院中に希死念慮を示した患者は34%だった。自殺企図患者の平均年齢 (35.4歳)は、希死念慮を持つ患者の平均年齢(45.5歳)に比較して有意に低かった。自殺企図患者の89%が精神科病棟に移されたのに対して、希死念慮を持つ患者の場合は、その25%だけが精神科病棟に転棟となった。身体疾患の患者には適応障害が多く、自殺企図の患者では精神分裂病が多かった。この研究では、希死念慮や自殺企図の原因を統計的に明らかにしようとしてはいないが、苦痛や苦しみが激しかったり、生き残る可能性が低いと思われる場合に、希死念慮が浮かび上がったように見えると結論づけられている。
我々は最近、身体科に入院している希死念慮を持つ患者の特徴について、プロスペクティブな研究論文を発表した (3)。この研究の目的は、精神科医が、自殺の危険の高い患者をよりよく識別するためのデータベースを作ることだった。我々の研究は、先行研究のとは、自殺企図や自殺既遂のレトロスペティブな分析だけに限られたものではなかった。ニューヨーク市のブロンクス区域にある700床のモンテフィオーレ病院での精神科コンサルテーション・リエゾンの全依頼から、データが集められた。
この研究は、1991年2月から6月にかけて、4ヶ月間にわたって行なわれ、対象は主治医や看護婦や家族などに対して希死念慮を明らかにした入院患者であった。我々の病院の精神科コンサルテーション・リエゾンの全依頼の約9%が希死念慮の評価の依頼であった。自殺企図後の身体的問題による入院患者は、調査の対象とはしなかった。データは、コンサルタント記入式希死念慮評価表すなわち(SIAF, Suicidal Ideation Assessment Form)(3、9)とコン医師サルテーション記録表すなわち (PCR、Physician Consultation Record) (15)という質問紙を用いて、集められた。
主な結果としては、希死念慮を抱えている患者は、コンサルテーション・リエゾンの全依頼に比較して、男性が多く、DSM III-R の第4軸のスコアが高く、過去一年間の日常生活機能の全体的評価尺度、すなわち(GAF)のスコアの低下が認められる傾向にあった。急性の身体疾患と急に起こった希死念慮が多く認められる傾向もあり、自殺企図の経験のある患者の人数は少なかった。24時間にわたって厳重に監視する必要はほとんどなかったが、我々の病院のように15分間隔でチェックすることを勧めるのもよいかもしれない。希死念慮患者の平均年齢は55歳であり、平均年齢やほかの社会的な要因では、全依頼との間に有意差は見られなかった。この結果は、コリンズらの研究で(5)、自殺あるいはうつ病についてのコンサルテーション依頼が、白人よりもラテン系に多く、黒人に少なかったことと対比させると興味深い。
最近激しい自殺行動が認められた患者の方が、より軽い程度の自殺行動が認められた患者よりも社会的なサポートが弱く、以前に自殺未遂を多く認めたという傾向が見られた。現時点の希死念慮が強い患者の方が現時点の身体的苦痛もより大きいという傾向も見られた。
身体疾患のために入院となった患者の自殺未遂、あるいは既遂自殺についての先行研究の結果では、こうした患者は要求が多く、怒りやすく、衝動的で、人格障害あるいは精神病があり、そして、病院のスタッフとの葛藤や精神的なサポートの欠落によって、自殺が引き起こされたと報告されてる(7、20)。 ところが、本研究では、身体的な病状の急変という傾向が見られたが、病院のスタッフとの葛藤は少なく、精神病患者も見られなかった。先行研究で認められた自殺と癌との関係についても、本研究では癌患者で希死念慮を抱いた者は一人しかいなかった(6)。先行研究の結果と一致した点では、身体疾患に対する情緒的な不適応反応、身体機能あるいは人生における役割の喪失、うつ病(7)(ただし、これは先行研究の中の一つに手短に述べられていただけだった)との関連が示されたこと、そして、せん妄状態や痴呆患者の数が少なかったいうことである。ただし、こういった患者は自傷行為に及んだとしても、自殺とはみなされずに本研究の対象にはならなかっただろう。 自殺企図や自殺既遂とは限らず、希死念慮を抱く患者も対象となった本研究の調査群は、先行研究の調査群とは比較不能と考えられることもある(13)。器質性精神障害を対象にした先行研究は、自殺ではなく、過失死を調査された可能性が高いとも思われる。
総合病院に入院中の患者が希死念慮を抱いた場合、その治療としては、社会的サポートの強化やストレスの解消(例えば家族面接、治療者によるサポート、付き添い人の設定など)、身体的苦痛を軽くするような介入、(例えば、内科的や外科的な介入)、うつ病に対する治療、(例えば精神療法や薬物療法)、そして、身体的な機能や人生の役割の意味を高めるような介入、(例えば、理学療法や対人関係精神療法)などがあげられる。こうした介入を実施すれば有効である可能性が高いと思われる。身体的な病状の急変に対する患者の反応に注意することも大切である。自殺の危険性の高い患者を発見し効果的な介入を明らかにするために、さらにプロスペクティブな研究を行なう必要があるだろ
う。
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